35歳になって
28 => 35
ずっと世界観で誰かに影響を与えたいと思っていた。
クリエイターとして、アーティストとして、誰かの内側の世界を救うようなもの、それだけの力を持った世界観を語るものを作れないか、心のどこかで思い続けていた。幼い頃からゲームや小説や漫画に触れてきた僕は、クリエイティブの力に対する憧れがあった。それは、いい感じに脂の乗ってくる大人34歳になっても変わらなかった。
だから、そんな自分を救うために2025年——去年のことだ——は、クリエイターになりきって(ちょっと恥ずかしいな)、世界観を作品にできないか挑戦していた。このような時間を取れるよう、僕のことを考えてくれる周りの人に感謝をしながら、本当は何をしたいのか、から考え直していた。
その試みはあまりうまくいかなくて、結婚式はあげたり、自分の感性について考えたり、仕事を片付けて時間を確保できるようにしたり、とにかくまあ、いろいろと忙しかった。これまでの5年間、僕はフリーランスとしてなんだかんだ頑張ってきて、すっかりと自分の部屋が散らかっていた。それを片付けるための1年になっていた。
ようやく今年、2026年になって自分の世界観や創作について考える時間を持てるようになった。この3ヶ月で、アプリをリリースしてみたり、ウェブでの表現を試したり、あとは今やっているように発信し始めてみたり、なかなかに充実した3ヶ月だったと思う。
特に3月は、自分の世界観を作品にしようとしていた。これが非常に苦しくて、何がうまくいかないのかわからなかった。目的地とは違う場所に向かうに電車に乗っているような気持ちで、景色がおかしいと違和感を持ちながら毎日を過ごしていた。
違和感について、自分自身と話し続けた結果、もはや自分の世界観を共有することについて、どうでもいいと思っている自分に気づいた。これは衝撃だった。だが、ネガティブではない。
世界観を届けたかった僕は、孤独だった。およそ小学生の時から、どこか周りに馴染めない感触があって、他の人と一緒にいても、ずっと一人でいるような気持ちで生きていた。カピバラの群れに一人だけマーモットとして紛れ込んだようなものだ。地球αに誕生すべきものが、地球βに生まれてしまった、みたいな馴染めなさだ。よく似ているが何かが違う。
だからこそ僕は僕の抱えているもの、つまり世界観を共有できる人や方法を探していた。同じものが見たい、そんな日々を抱えて過ごしてきた。不幸だったのは、自分らしさをうまく伝える方法を知らなかったことだ。そして他の人の視点をうまくキャッチすることを知らなかったこと。
まあこれは過去の話で、周りに手を伸ばし、耳を澄まし、人間不信に陥りながらも、なんだかんだやってきた結果、完全に同じものなんて見れるわけがねえ、と諦められた。受け入れられた。当たり前のことである。だって、その人の世界観を構築する要素は、その人の何十年にもわたる年輪のような過去にあって、同じ人間である私たちがそれをそっくりトレースすることは不可能だからだ。仕方なく僕たちは、これまで見てきた自分の経験をもとに、他の人の経験に共鳴しようとしたりする。それでいいのだと思えた。
そして何より、今は世界観を作品にしなくても、僕のことを考えてくれたり、わかろうとしてくれたり、わかってくれる人が今はいる。僕自身も、自分ではない世界とどうやって手をつなげばいいか——もしくはたまには跳ね除けたり——、できるようになった。言葉は、たまに深刻なバグも起こすが、それでも僕は話して伝えることができると知った。
僕の孤独は解消されていた。だからもう、世界感を共有することについて執着はない。
残ったのは、作り出すもので、どう人を楽しませるかだった。世界観を共有することより、今は受け取った人がどう楽しめるかを考えたい。面白い発見と出会って欲しい。そういうもの作りをやっていけたらと思った。もしかしたらまた変わるかもしれないけど。
長くなったのでひとまずここまで。また今年については書こうと思う。取り急ぎ、共有することとしては、今年も自分探し(?)を続けるつもり。ただし、去年みたいにシリアスに内にこもるのではなく、仕事やコミュニティや知らない人との関係性の中で、挑戦していけたら。
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